神のあわれみと慈しみのしるしとして世に派遣される

第四の集い  2019年10月26日

10月の第四の集いは深読の部分はMMBも含めて11名、食卓は17名で囲みました。

始まる前、早めにいらした方(レギュラーメンバーです)といろいろ話していると、その方のご兄弟がカトリックの信者さんであることがわかりました。ちなみにご本人は、未受洗です。このように、思いがけないご縁を改めて感じることに喜びを感じつつ、深読のスタート。

この日の箇所はルカ18章9節から14節。ファリサイ派の人と、徴税人が神殿でそれぞれ祈りをささげる箇所です。

徴税人は思い上がっていて、徴税人はへりくだって神様に心を向けている。まるでモデルケースを地で生きているような二人の対比のように見えますが、分かち合いがとても面白かったです。

「ファリサイ派の人は、より断食したり、より多くお金を収めたりしてとてもすごい。そして、神様に素直に自分の気持ちを言い表している。神様と本人との間で心の中にある思いを神様だけに伝えているのであるから、それはそれでよいと思う」という風に感じる方、「劣等感」がもともと強いので「劣等感」と「へりくだり」をどうとらえるか、どう違うのか、とても難しいところと感じる方、自分の中の徴税人とファリサイ派がいつも戦っていると感じる方、ご自分のストーリーと重ね合わせる方、本当にお互いに新しい発見や、気づきをいただくことができたひと時。

最後のお絵かきタイムでは「神様は二人に同じように恵みを注いでいる」のではないか、という思いを絵に表す方もいらっしゃいました。第四

続く食事は、栗ご飯、筑前煮、サラダ、デザート。とてもおいしく、あっという間にお皿が空っぽに。

無心に食べていて、写真がありませんが、皆さんが和気あいあいと過ごしていらっしゃいました。

いつも参加をして感じることは、参加者おひとりおひとりから感じる自由さと、幅広い感性、それがダイナミズムとなり、「神様はこんな方だ」と一人一人が確認できる場である、ということです。

自由も感性も、一人ひとりが神様から頂いたもの。その賜物を十分に分かち合い、一か月の糧となる・・・・

第四のつどいがこれからも、そんな「命の糧、体の糧」となるようなものでありつづけられますように。
                                                                                                                                                         (第四の集い 担当者)

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